みやぎ会津会
宮城県在住の会津出身者・縁故者が会津を愛し、
その素晴らしさを将来に伝えるための同郷会です。
since 2008/3/1 
last update 2017/1/15

プロフィール  これまでの活動一覧 みやぎと会津 会津17市町村  これまでの講演
 会長あいさつ
 入会案内、役員、会則
 出身地別会員数
  年度別活動内容  宮城県への進学/就職者数
 会津・宮城間の交通
 仙台における会津人二人の墓
  会津17市町村へのリンク   講演記録

update 新着ニュース
2017/1/15  2017年お正月に用いた写真を再掲します

この一年の皆様の健康、ご多幸をお祈りいたします
2016/11/27 New 第10回総会のご案内
2016/11/26  芋煮会開催
2016/11/26 (東京)会津会に出席
2016/10/11  第19回みちのくYOSAKOIまつりの結果
2016/9/30  H28秋季ゴルフコンペ実施
2016/9/1  2016(H28年)大芋煮会のご案内
2016/8/8   ビアパーティ開催
2016/7/15  熊本地震災害義援金について
下記「お花見会を開催」のページで紹介している熊本地震災害義援金については、みやぎ会津会会員から総額55,210円が寄せられました。このほど日本赤十字社宮城県支部から、領収書を添えて感謝の意が表せられましたので報告します。
2016/6/21  京都會津会第111回記念法要に参列
2016/5/20  H28春季ゴルフコンペ実施
2016/4/29  お花見会を開催
2016/1/16  第9回総会開催
2015/11/4  白虎隊士飯沼貞雄の事績と墓所等を紹介
お知らせ
会員用名刺のご案内
会員用名刺を印刷できます。上記「会員用名刺のご案内」をクリックしてご利用ください。
入会ご希望の方はこちらに(mail)
ご意見、ご感想はこちらに(mail)


 図書のご案内 (2016/7/11)
当会宛てに次の図書が復刻出版されたとの案内がありましたので紹介します。
 図書名:「山川 浩」 
「山川浩」は幕末~明治の会津藩を指導、明治期に日本の第一線で活躍した会津藩士。本書は昭和44年令甥により刊行された伝記の復刻。
詳細は出版会社(歴史春秋社)のウェブサイトをご覧ください

 図書のご案内 (2016/3/8)
本会例会等で講演をしていただいたことのある会津若松市在住歴史家石田昭夫氏から次の図書の出版案内がありましたので紹介します。
 会津古城研究会調査報告第2集
 「会津の城」 白虎隊の行動
  チラシと申込書はこちらに(pdf)

    2016/11/27 
New  第10回みやぎ会津会記念総会のご案内  
  会員の皆様には案内状を郵送いたしております
返信用ハガキで期日までにお申し込み下さい
  会津松平家第14代当主松平保久様ご夫妻をお迎えし、下記により第10回みやぎ会津会記念総会を開催いたします。多くの会員の皆様のご出席をお待ちいたしております。
日 時
会 場
会 費

予 定
 2017年(平成29年)1月28日(土) 11時~15時 
 仙台国際ホテル 4F 「広瀬の間」 仙台市青葉区中央4-6-1 電話 022-268-1111)
 6,000円
 
10時20分 受付開始
 11時    総会
 12時    懇親会
 15時    閉会



  2016/11/26 
New  今年も秋晴れのなか 芋煮会を楽しんできました    
   (編集者注:本稿は野口幹事から早期に送付を受けていましたが、
PC不具合でUPが遅れましたことをお詫びいたします)
 
 10月29日(土)、仙台市太白区の茂庭荘に35名の方々が参加され、盛大に芋煮会を開催しました。
 よい天気に恵まれ、見ごろを迎えた広瀬川沿いの紅葉を愛でながら口にする芋煮、バーベキューはより一層おいしく、話も盛り上がって楽しい秋の一日を過ごしてきました。
 会場の様子。 昨今は芋煮よりバーベキューに人気があるようです。



  2016/11/26 
New  (東京)会津会総会・懇親会に出席してきました(会津会出席報告 みやぎ会津会幹事 山口景樹)
   (編集者注:本稿は山口幹事から早期に送付を受けていましたが、
PC不具合でUPが遅れましたことをお詫びいたします)

 
 会津会は、今年で創立104年目を迎えた由緒ある会ですが、今年も会長宛てに総会へ
のご招待があり、代理で出席してきました。

伊藤文大会長挨拶

松平保久第14代当主挨拶

三浦半島会津藩士顕彰会佐藤良一会長(右)と

 1022日(土)11時、会場の上野精養軒に会員、来賓185名が出席して会は始まりました。会長の伊藤文大氏の挨拶のあと、平成27年度の事業・会計報告などが続き、役員改選に当たる今年は多少の異動はあったようですが、新執行部は伊藤会長体制で続投されることとなりました。新入会員紹介のコーナーでは、同会員30名のうち当日出席された16名各人がテーブル席で挨拶をされました。男女とも年齢層は幅広くお見受けしました。 
 会長挨拶では、武士道を引き合いに出され「和をもって尊しを重んじ、正しいことを貫く、義を守る。これを日本の文化として根付けさせる。それが会津会。」というのが印象的でした。

また、来賓挨拶では、会津松平家第14代当主松平保久氏が、「新政府がつくった靖国神社宮司の職を断った父の会津魂」について述べられるとともに、もし明治維新というものがなかったらということに触れられ、2018年会津若松市で催される「戊辰150周年記念事業」にはお手伝いしたい旨、また当事業は会津をPRする大きなチャンスと述べられました。室井照平会津若松市長は同記念事業実行委員会の会長でもあり、来賓挨拶でもPRに力が入っておりました。斎藤文英会津坂下町長は、同じく来賓挨拶の中で、東日本大震災の風評被害はまだ残っているが、「ならぬことは ならぬものです」のフレーズで代表されるように、最近、会津は教育の拠り所という点で全国各地から注目を寄せられているという報告がありました。 

 懇親会では、隣席の三浦半島会津藩士顕彰会会長佐藤良一氏のお話を聞く機会があり、「三浦半島の観音崎灯台は、異国船警備のため会津藩士により造られたお台場の跡地に築造されたもので、これを知る人は少ない。」。また「当藩士の多くは、警備の任務が永遠に続くものと思い一家をあげて横須賀に移住してきた関係で、ここで生涯を閉じた藩士およびその家族の墓石は、87基が現在確認されている。」と。ボニージャックスが歌った「灯台守」に出てくる観音崎灯台。「メンバーのお一人である西脇さんも確かご両親が会津出身とか、繋がりがあるものですねー。」と。ボニージャックスのメンバーのともお話ができ、皆様みやぎ会津会にも大変興味をもっておられました。特に西脇氏は、会津との縁もあり是非お声掛け下さいとまで言ってくださいました。宴は大いに盛り上がり後半は藤本秀伯社中による会津盆踊りに合わせ参加者は黄色い法被を着て盆踊りを楽しみました。やがて閉会を迎えることとなり、ここではまず第14代当主松平保久氏が会津会万歳三唱を、続いて会津会会長伊藤文大氏が松平家万歳三唱の音頭をとられ散会となりました。

みやぎ会津会は、創立以来来年1月で10回目の総会を迎えますが「会津を想い、語り合おう」そして「会津との懸け橋になれば」というスローガンは、未だ課題はありますが熟成に向って着実に歩を進めております。今回、東京会津会に出席して具体のあり方にやや相違はあるとしても、少なからず会津会の心の琴線に触れることが出来たと思います 
本年の総会でも叙勲者への記念品贈呈、敬老杯贈呈、名誉会員松平保久氏の挨拶などのほか、恒例となっているボニージャックスコンサートが行われました




  2016/10/12 
 第19回みちのくYOSAKOIまつりの結果について
 会員佐々木勝さんから次の情報提供がありました。
 昨年の優勝チーム「郷人」を含め各ブロックの優勝チームなど11チームが 参加して9日(日)17:30から決勝大会が開催され、見事に「郷人」が大賞を受賞して3連覇を達成しました。
  全チームの演舞を見ましたが、「郷人」は子供を含めた年齢構成や変化のある演出、「会津魂」をテーマにした表現力 など突出した演舞だったと思います。
  「郷人」を打ち負かすチーム編成、演出を考えるのは大変難しいのではと思いました。来年も期待大です。


決勝大会における「郷人」の演舞の様子です。提供佐々木勝さん



  2016/9/30(写真追加10/2) 
 H28秋季ゴルフコンペを行いました
 平成28年秋季ゴルフコンペは9月14日(水)、仙台ヒルズゴルフ倶楽部泉コースに14名が参加して行われました。
 あいにくの小雨の中でのスタートとなりましたが、自称「晴れ男」須佐会長の「これから天候は回復する」との宣言どおり途中から雨はやみ、時折青空が拡がるコンディションの中でのプレーとなりました。
 ドラコンやニアピンのアトラクションも複数の方が商品を獲得するなど混戦を極める戦いとなりました。
 ペリア制・ハンディキャップ無制限のルールのもと事務局長の東條貢さんが接戦を制し、見事に優勝をされました。

皆さんがお持ちの商品は、お酒でしょうか。

みな高価そうですね。



  2016/8/8 
恒例のビアパーティを開催しました   
 夏の年中行事となった「みやぎ会津会ビアパーティ」、今年は7月27日(木)18時半から稲荷小路の居酒屋「北の一」で開催しました。参加者は43名でした。
 これも恒例となった「わたしにもしゃべらせて」のコーナーやジャンケン抽選、旧知の方々の話で会場はたいへん盛りあがりました。以下に写真で当日の様子を紹介します。
(左から)当番幹事、須佐会長、乾杯発声のご挨拶 
「金山町」が舞台の映画「春よこい」 と仙台上映会を紹介する栗城会員と耳を傾ける会員
「わたしにもしゃべらせて」のコーナーの一部(左下も同じ) 
  ジャンケン抽選で盛り上がり 



  2016/6/21 
京都会津会・會津藩殉難者慰霊法要に参列してきました   
 京都会津会が例年6月第2日曜日に挙行している會津藩殉難者慰霊法要が今年も6月12日(日)、京都黒谷金戒光明寺塔頭紫雲石西雲院で営まれ、みやぎ会津会からは須佐尚康会長以下12名が参列してきました。
法要で焼香する参列者 左端は須佐会長 焼香後法話をされるご住職、来年は大政奉還後150周年で資料を収集されているとのこと
直会会場で挨拶される会津松平家
第14代御当主松平保久氏
直会の献杯発声は
みやぎ会津会須佐尚康会長
会津藩墓地への参道は、アジサイが見ごろでした 法要が営まれた西雲院本堂と前庭



  2016/5/20 
 H28春季ゴルフコンペを行いました
 平成28年春季ゴルフコンペは、5月14日(土)、仙台カントリー倶楽部・名取コースに15名が参加して行われました。
 当日は快晴微風の絶好のコンディションの中好プレーが連発、バーディを決める方が多くおられ誰が優勝するのかわからない展開でした。ドラコンもニアピンもここぞという時に決める勝負強い猛者たちが見事に商品をゲットしておりました。そんな中メリハリのあるゴルフをされていた橋本竜博会員が見事に優勝をされました。
 ルールはぺリア制で、ハンディキャップ無制限というスリリングなものでした。(5/23コメント追加)

参加者の方々 よく撮れています 女性も1名おられますね



  2016/4/29 
 お花見会を開催
 今年のお花見会は4月22日(金)に、屋外ではなくお店(キリンビアフェスタ仙台駅前店)の中で開催しました。
 仙台の桜は例年より1~2週間ほど早く開花し、花見会を設定した22日は既に葉桜となっており、お店でのお花見会は正解でした。
 参加者は昨年より15名多い46名、締め切り後も参加の申し込みが引きも切らずにあり、準備した会場はかなり窮屈になってしまいました。むしろ会話が弾んで良かったのでは?との声もありました。やはり、皆さん「花より団子」の口なのですね。 会員の紹介による新入会員5名の方々も参加していただき、たいへん盛り上がりました。
 会場では、須佐会長の意向もあって熊本地震被災者へのお見舞い募金を行ったところ全員からご協力をいただき、みやぎ会津会名義で社会福祉協議会を通じて被災地の社会福祉協議会に送金することにいたしました。

 
会場のお店入り口
お店から広告料をいただいているわけではありません。
   
以下お花見懇親会の様子
  熊本地震見舞金の呼びかけ 


  2016/1/16UP
2016/1/18記念講演の概要を追加
みやぎ会津会第9回総会・懇親会を開催しました  1月9日、仙台国際ホテル

初の試みとして 懇親会終了後に参加者全員で記念写真を撮りました 
 プリントするためこの写真をダウンロードしたい方は
「16年総会記念写真」
をクリックしてご利用ください
  1月9日(土)11時から仙台国際ホテル4F広瀬の間において、第9回(平成28年度)みやぎ会津会総会・懇親会を開催しました

 今回の総会・懇親会も開催時間帯は会員が出席しやすいと思われる土曜日の11時~15時に設定しました。また昨年と同様に出席会員全員が「みやぎ会津会法被」を着用、一体感が盛り上がるなかで総会・懇親会が進められました。
 
  総会出席会員数は96名、懇親会に出席されたご来賓は10名でした。

【総会の部】
 総会には5件の議案が提出され、いずれも事務局提案のとおり承認されました。議案の概要は以下のとおりです


第1号議案 平成27年度活動報告
1.総会
  第8回総会   平成27年1月24日(土) 出席者105名
2.例会等  
 総会前、会場入り口で準備にあたる役員
須佐会長の開会あいさつ
総会後須佐会長から紹介を受け
挨拶する仙台育英学園加藤雄彦理事長
(祖父が会津若松市出身)
  (1)第15回例会(居酒屋例会) 平成27年4月18日(土) 参加者31名
  (2)第10回親睦ゴルフ     平成27年5月20日(水) 参加者15名
  (3)第6回ふるさと訪問(陸奥 ) 平成27年6月6日~7日 参加者16名
  (4)第16回例会・ビアパーティ 平成27年7月31日(金) 参加者46名
  (5)第11回親睦ゴルフ     平成27年9月16日(水) 参加者11名
  (6)大芋煮会         平成27年10月17日(土)参加者30名
3.その他
  (1)他会への出席
   ・お花まつりへの参加   平成27年5月4日(月)
   ・京都会津会第109回法要 平成27年6月14日(日)参加者10名
   ・斗南会津会交流会(会津若松) 平成27年8月5日(水)参加者5名
  (2)会津地方高校卒者の宮城県への進路調査の結果
   平成27年4月期 大学79名、短大2名、専門学校18名、就職16名
   合計105名
4.役員会の開催
  3回
第2号議案 平成27年度収支報告
  (単位:千円,四捨五入のため合計は合いません)
収入
 前年度からの繰越金 623、年会費 408、総会費 610、
 その他(寄付金、利子)200
 合計 1,841
支出
 総会費 724、例会費 15、イベント案内費 41、
 その他(広告、協賛金、法被新造代金、旅費交通費他)756
 合計 1,536
・次年度繰越 305

第3号議案 平成27年度事業計画案
1.第9回総会 平成28年1月9日(土)11時から
2.4月例会(花見)山口幹事担当 平成28年4月22日(金)
  会場未定
3・京都会津会法要参加 金田幹事長担当 
  平成28年6月11、12日 京都市
4.8月例会(ビアパーティと同時開催)渡部(和)幹事担当 
  平成28年7月28日(木)18:30から 会場未定
5. ふるさと訪問  金田幹事長担当
6.10月例会(芋煮会) 成田幹事担当  
  平成27年10月22日(土)11:30から 茂庭総
7.親睦行事(ゴルフ)小原幹事担当 
  平成27年5月14日(土)、平成27年9月14日(水)会場未定

第4号議案 平成27年度予算(単位:千円)
・収入 
 繰越金 305、年会費 450、 総会参加費 600、寄付金 200
 合計 1,555
支出
 総会費 700、事務費 300、予備費 200、次年度繰越金 355
 合計 1,555


第5号議案 平成28年度みやぎ会津会役員選出
 「プロフィール」のように決定しました。

 ・記念講演
 
会津若松観光ビューロー・若松城天守閣郷土博物館学芸員の湯田祥子氏をお招きし、
蒲生氏郷の生涯」と題して、会津歴代の領主、蒲生氏郷の会津領主としての功績などをお話していただきました。
 
湯田祥子氏は会津のご出身で、昨年福島民報紙に「会津若松の礎築く蒲生氏郷の生涯」を連載されています。
講演の概要(2016/1/18追加)
講演される湯田祥子氏 
 会津の地は古来より東北地方(奥州)の玄関口として重要な土地だと認識さ れてきた。会津を治めた歴代の領主を見れば一目瞭然だが、群雄が割拠する戦 国時代から江戸時代の初めにかけて、わずか5~60年の間に5回も領主が入れ かわっていることから、領地拡大をめざす武将にとっては肥沃な土地である会 津はぜひとも手に入れたいものだっただろうし、少し時代が下り天下人たる支 配者たちにとっては、東北や関東へにらみをきかせる為に自分の信頼のおける 者を配置する必要がある、そんな土地だった。
  この会津の領主になるよう命じられ、その後近世以降の発展の基礎をつくっ たのが蒲生氏郷である。氏郷は、いまだ完全には掌握しきれていない東北地方 に、奥州仕置の一環で豊臣秀吉の代行者としてその権威を隅々までいきわたら せ、伊達政宗に代表されるような奥州や関東地域の不穏分子をけん制する役目 を与えられた。そしてそれだけではなく、自分よりも若く才能に溢れた氏郷を 危険視していたと思われる秀吉は、氏郷が自分の地位を脅かすことを畏れて遠 く会津に追いやったのだとも考えられるのである。

 蒲生氏郷は、会津にとっては馴染みの深い武将だが全国的に見れば残念なが らそれほど際立った印象の無い感がある。それはおそらく当時の日本の政治経 済の中心だった京やその周辺地域から遠く離れた東北地方の領主だったことや、 40歳という若さでなくなってしまったことが影響しているだろう。その氏郷の 特徴として挙げられるのは、織田信長の娘婿であることや文武両道の武将だっ たこと、侘び茶を大成した千利休の高弟だったこと、キリシタン大名だったこ となどだろう。
 はじめは織田信長の下に人質としてあずけられた氏郷だったが、信長はわず か12,3歳の氏郷の才能を見抜いて寵愛するようになり、ついには自分の娘であ る冬姫を嫁がせたのである。また、文武に秀でたことでも知られている氏郷だ が、氏郷のトレードマークである銀の鯰尾兜は戦場を駆け巡り、敵味方問わず その存在を知らしめたことだろう。しかし残念ながら氏郷の鯰尾兜は現存して いない。また、キリシタン大名としてのその存在感も見逃せない。氏郷は、当 時日本に布教に訪れていた宣教師たちには「日本で力のある大名の一人」とし て知られており、日本で布教するためには氏郷に協力してもらうのがより良い と考えられていたことだろう。

 蒲生氏郷が会津領主となったのは天正十八年(1590)のこと。氏郷は奥州の 要の地にふさわしい城づくりと町づくりを始める。出来上がった城には、(諸説 あるが)氏郷の幼名・鶴千代からとって「鶴ヶ城」と名づけられた。今は幻と なった七層の天守閣を擁し、本丸・二ノ丸・三ノ丸を設けて城の周りには濠を 張り巡らせ、城は戦の状況を視野に入れたまさに戦国の城だった。また、城に は茶室も設けられた。この茶室は、氏郷が茶道の師である千利休が切腹させら れたことを受けて会津にかくまった利休の子・少庵が、氏郷のために造ったと いう伝来を持つ。少庵は千家茶道を子孫達に継承し、少庵の孫達の代になり表・ 裏・武者小路の三千家が興され、現在まで続く茶道文化隆盛の元となった。よ って、大げさに言えば氏郷がいなければ千家茶道の発展は見られなかったかも しれない。
  一方、町の興隆のために氏郷は様々な産業を会津に根付かせた。現代まで続 く伝統産業の代表である漆器もそれである。厳密に言えばそれまでにも漆器は 会津で作られていたが、氏郷が技術者を会津に呼び寄せたことで本格的な産業 として発展していくことになったのだ。

 このように様々な施策で近世以降の会津の発展の基礎を築いた蒲生氏郷は、 残念ながら40歳という若さで亡くなってしまう。
 もし、あと数年でも長生きしていたら、その後の日本の歴史は変わったかも しれない…。そんなことを想像させる可能性を秘めた稀代の戦国武将が蒲生氏 郷だったのである。

【懇親会の部】
・来賓ご挨拶
挨拶される伊藤敬幹仙台市副市長
 公務のためご出席がかなわなかった村井嘉浩宮城県知事からのメッセージについては金田幹事長が読み上げて紹介しました。 同様に公務のため出席がかなわなかった奥山恵美子仙台市長からのメッセージについては、代理で出席された伊藤敬幹仙台市副市長に紹介していただきました。
 また、会津からお越しいただいた首長さん、議会議長の皆様からそれぞれご挨拶をいただきました。
 ありがとうございました。

懇親会にご出席の首長・議長

 会津若松市副市長 齋藤勝 氏
 会津坂下町町長 齋藤文英 氏
 湯川村村長   三澤豊隆 氏
 金山町町長   長谷川盛雄 氏
 昭和村村長   馬場孝允 氏
 磐梯町町長   五十嵐源一 氏
 会津若松市議会副議長 清川雅史氏
 喜多方市議会議長 渡部孝雄 氏
 会津坂下町議会議長 古川庄平 氏 
挨拶される斎藤勝会津若松市副市長 

・敬老杯贈呈
 
長寿を迎えられた3名の会員の方々に敬老杯が須佐会長から贈呈されました。
 傘寿=石川英一さん 喜寿=羽田登さん 喜寿=佐藤博さん

・新入会員の紹介
 2015年(平成27年)に新たにみやぎ会津会に入会され、総会に出席された15名の方々に壇上に立っていただき、それぞれ自己紹介していただきました。
 

余興など
「正調どじょうすくい踊り」の師範齋藤政明氏(上左)にご登場いただき、
会員2名を舞台上に招いての即興指導(上右)、会場は爆笑のうずに。

お馴染み歌手奥山えいじさんによる歌謡ショウ
奥山さんはご縁でみやぎ会津会に入会されました

中締めはみやぎ会津会会員 佐藤悟さん

福島民報がみやぎ会津会の様子を朝刊に掲載しました。右のPDFで紹介します。 福島民報16年1月10日


 2016/1/1
謹賀新年
平成28年が健康で幸多い年になりますようお祈りいたします

 鶴ヶ城天守閣越しに磐梯山を望む

 
 幕末の会津に生まれ、仙台に墓所を定めた著名な二人の会津藩士、飯沼貞吉と遠藤敬止について、略史と墓所を紹介します。(敬称略)  (遠藤敬止は未了)                     2015/11/4 up 
 飯沼貞吉(後、貞雄)
 略史
飯沼貞雄肖像画
参考文献からコピー
 慶応4年(1868年)8月22日、会津藩白虎隊士中2番隊37名の1員として戸の口原に出陣する。翌23日、敵の圧倒的勢力を前に退却、飯盛山にて自刃するも救出され奇跡的に蘇生する。爾後工部省(後に逓信省)に職を求め、電信技術者として功績を残す。
 白虎隊については多くを語らなかったというが、白虎隊悲劇の生き証人として事跡を後世に伝える。

 嘉永7年3月25日(1854年4月22日)、会津藩士・飯沼時衛一正(家録450石)の次男として郭内に生まれる。白虎隊は数え16歳、17歳とされたが15歳の貞吉は嘉永6年生まれの16歳と偽って申請、受理されている。
 父一正の妹千重子は会津藩家老西郷頼母に嫁ぎ、白虎隊士が飯盛山で自刃した慶応4年8月23日、頼母の登城後西軍が城下に押し寄せる中、頼母の母、義妹2人、5人の娘、親戚12人と共に一家21人が自邸で自刃したことで知られる。
 母ふみは、家老西郷頼母と祖を同じくする西郷十郎衛門近登之(家録350石)の3女。山川三兄弟妹として有名な山川大蔵(浩)、山川健次郎、山川咲(捨松)は、母ふみの長姉えんが嫁いだ家老職山川兵衛尚江との間の子で、飯沼貞吉とは従兄妹にあたる。

 救出され蘇生した飯沼貞吉は約1か月の間敵の手を逃れて塩川、喜多方で治療、その後猪苗代謹慎所に出頭する。謹慎後明治3年11月、徳川家静岡学問所に入学するが、謹慎中の約2年間、長州藩士楢崎頼三に連れられ山口県美祢市に滞在したとの説がある。明治4年11月静岡学問所は廃止され、旧幕臣藤沢次兼の書生となって上京(この時期「貞雄」と改名)、明治5年電信修技校(電信寮(工部省の電気通信教習所)の予備校)に入り、同年6月工部省電信寮技術等外見習下給として採用される。

 以後各地を転任、功績を重ねて昇進し、明治30年(1897年)仙台郵便電信局建築課長、明治38年(1905年)札幌郵便局工務課長、明治43年(1910年)仙台逓信管理局工務部長を歴任して日本の電信電話網の整備・発展に尽力し、大正2年(1913年)60歳にて退官した。退官時高等官3等、同年正五位勲四等に叙せられる。
 この間、日清戦争では明治27年6月25日大本営付歩兵大尉として朝鮮半島に出征、釜山・京城間の軍用電信線路架設に従事して困難の中これを成し遂げ、日本軍捷報の内地への速やかな伝送を可能せしめた。
 また貞雄は、貴族院議員となっていた山川浩と連携して会津本郷焼の性能を向上させた電信線用碍子の開発を指導し、会津碍子として明治24年以降逓信省、陸軍省から数万個の受注に成功し、会津の産業発展に大きく貢献している。

 退官後は引き続き仙台に居住し、盆栽、囲碁を趣味とし、和歌の道にいそしんだという。昭和6年(1931年)2月12日、感冒に肺炎を併発し仙台にて没した。享年78歳。墓所は仙台市北山輪王寺。

 母ふみ(雅号:玉章(たまずさ))、父方叔母西郷千重子、飯沼貞雄の和歌を紹介する。
  母ふみ
   (貞吉の出陣に際しよみてつかわしける)
    梓弓向かう矢さきはしげくとも 引きなかへしそ武士の道
  叔母西郷千重子
   (辞世)
    なよ竹の風にまかする身ながらも たまわぬ節はありとこそきけ

  飯沼貞雄
   (戊辰を回顧し)
    すぎし世は夢かうつつか白雲の 空にうかべる心地こそすれ
  (皇太子殿下(昭和天皇)の白虎隊遺跡台臨の報に接し)
    日の御子の御かげ仰ぎて若櫻 ちりての後も春をしるらん
 
墓所

仙台市北山・輪王寺 飯沼貞雄の墓
会津若松市飯盛山 飯沼貞雄の墓

 飯沼貞雄の墓は仙台市北山・曹洞宗輪王寺の北東山頂近くにある。
 戒名は、「白厳院殿孤虎貞雄居士(はくげんいんでんここさだおこじ)」
 明治維新後伊達家の庇護を失った輪王寺は明治9年野火に類焼し仁王門のみを残して灰燼に帰し、荒廃していた。明治36年本山から派遣された福定無外(ふくさだむがい)和尚が辛苦のうえ再建に尽力、大正4年に本堂と庫裏を完成させ、後に見事な庭園を建設した。
 この福定無外和尚は飯沼貞雄の墓を昭和7年3月に完成させ、墓誌に貞雄の略歴を刻み、白虎隊を称える漢詩を添えた。
 貞雄逝去後、飯盛山白虎隊墳墓への合祀論が起こったが、地元会津の反対で実現しなかった。
 没後26年、戊辰戦役90周年にあたる昭和32年、飯盛山鶴ヶ城を望む地に飯沼貞雄の墓碑が建立され、遺髪と歯が埋葬された。建立したのは前島会(郵便の父前島密の精神を伝承する会、逓信省は郵便と電信電話を所管した)。除幕式には、松平容保公孫松平勇雄(参議院議員、福島県知事)、横山会津若松市長、飯沼一省(貞雄の弟関弥の長男・元東京都長官)、前島会会長、仙台郵政局長、東北電気通信局長などが参列、盛大にとり行われたという。
 戊辰120年の昭和63年秋、飯盛山飯沼貞雄の墓地に、上述の和歌「日の御子の御かげ仰ぎて若櫻 ちりての後も春をしるらん」の歌碑が建てられた。建立発願は会津本郷町町会議員の方々。貞雄の尽力で会津本郷焼が電信線用碍子として大量調達されたことに対する感謝の気持ちであろう。

 
 仙台市錦町 飯沼貞吉終焉の地碑
 仙台市錦町には、飯沼貞雄が逓信省を退職後居住した地に「蘇生白虎隊士飯沼貞吉終焉の地」の碑(1991年)と貞雄の直系孫3人の建立になる説明坂(2013年)が設置されている。


【参考文献】
(1)「飯沼貞吉の生涯」 飯沼一元
   会津人群像第6号 2010年3月2日 歴史春秋社
(2)「会津彷徨」 ウェブサイト
直孫・飯沼 一宇氏のメッセージ
 飯沼貞雄の直孫で仙台市在住・みやぎ会津会特別顧問の飯沼一宇氏から、飯沼貞雄に関する貴重なメッセージをお寄せいただきましたので次に紹介します。
   
 仙台市に在住しております「飯沼一宇(かずいえ)」と申します。飯盛山で自刃した白虎隊士で、ただ一人蘇生した飯沼貞吉(後 貞雄)の次男の次男、直系の孫になります。貞雄の長男は「一雄」といいますが、23歳で夭逝したため、次男である私の父親・一精(かずきよ)が後を継ぎました。貞雄は昭和6年に死去しました。私は昭和16年生まれでありますので、直接顔を合わせたり、語り合ったりしたことはありません。父親からわずかに「おじいちゃんは白虎隊の一員でただ一人生き残ったのだよ」と聞いていただけです。飯沼家は代々男子の名には「一」をつける伝統があります。貞雄の兄は「一近」、弟は「一寿」 です。ちなみに、私の兄は「一浩」、弟は「一元」で、私を含め、兄、弟の息子たちにも「一」をつけています。本人は18歳のころ、自ら幼名貞吉を「貞雄」と改名していますが、なぜ伝統である「一」をつけなかったのかは、父からも聞いたことがないので不明ですが、おそらく白虎隊で一人生き残り、友人と死を共にできなかったことが、心のどこかにあったのではないかと予想していま す。

 しかし、やはり祖先のことは気になるものです。会津白虎隊のこと、白虎隊の教え、自刃のことなど、本を読むなどして、いろいろと学びました。2008年に兄が保管していた貞雄やその他の会津関係の書箱に、貞雄が朱筆をいれた『会津藩白虎隊顛末略記』という文書が発見されました。これには、なぜ白虎隊士が飯盛山にたどり着いたあと、自刃に至ったかということについて、貴重な記録が載っています。今までの説では、彼らはほとんど徹夜でやっと飯盛山にたどり着き、城下をみると町が燃えているのを、若松城が燃えていると勘違いして、「もはやこれまで」と自刃に至ったと説明されています。地元の観光ガイドの方も「勘違いしてのもはやこれまで」と説明しています。しかし、顛末略記には、彼らが1時間半ほど、敵に突っ込むか、迂回しながら城をめざすかの激論を戦わせたと、すなわち「甲怒り、乙罵り」と記載されています。後世では、年端もいかない子どもたちが早合点して自刃したように思われているようですが、真実とは異なっていることを強調しておきたく思います。

 貞雄の墓は、仙台市北山の曹洞宗の名刹「輪王寺」にあります。今まで「飯沼貞雄の墓はどこですか」と尋ねられることもしばしばありました。輪王寺さんでもときどき尋ねられるとのことでした。そこで、貞雄の孫3人で、輪王寺の住職の日置道隆様のご了承をえて、墓への道筋の案内板を設置しました。また、貞雄の略歴などの説明と、貞雄(貞吉)が出陣のときに母から詠みつかわされた和歌の歌碑を墓所に建立しました。「あずさゆみ むかふ矢先は しけくとも ひきなかへしそ武士の道 玉章」の和歌を母が襟に縫い込んで出陣したといわれています。この歌の意味は、普通に考えると、「弓矢がどんなに激しく 向かってこようとも、決して引き返してはならない。それが武士の道である。」になるでしょう。しかし私は現代風に解釈しています。「人は心に決めた道を、厳しい困難に出会っても引き返さずに突き進んでいくべきだ。」との教えのように受け取っています。

 会津藩士の子弟は、10歳で藩校日新館に入学するまで、6歳から9歳に町内でグループを作り7つの約束の後に、「ならぬことはならぬものです」で締める「什の掟」を繰り返し叩き込まれたことはよく知られています。この「ならぬことはならぬものです」について、単純に考えると、だめなものはだめという ことになるでしょうが、私は、「するべきことをしなければならない」という「禁止」ばかりではないもっと積極的な「義務」もその意味に含まれていると考えています。会津の子どもたちに対する教えとして、「あいづっこ宣言」が出されていますが、最後に「やってはならぬ やらねばならぬ ならぬことはならぬものです」と締めくくってあります。まさしく「すべきことをやらねばならぬ」のだと思います。私は、偉そうなことは言えませんが、什の掟の「ならぬことはならぬものです」の精神が私の心にも深くしみ込んでいること(どこかに会津魂が潜んでいること)をときどき感じます。


 
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